2024年6月1日から6月23日の間、コンフォートQ十三ショップにて開催された「椅子を語る」展。当記事では、イベントにて展示されたフィン・ユールの椅子をご紹介いたします。
フィン・ユールは、彫刻家のヘンリー・ムーアやジャン・アルプの作品に傾倒していました。その影響からか、彼の生み出す家具は彫刻を思わせるものでした。
それまでにない構造と造形、そして“優美さ”を求めるあまり、ユールのデザインはどこか危うさを伴っており、それが独特の緊張感をたたえた新しいデザインを生み出すことになります。それらは形態とディテールが美しく一体化し、空間の中で際立つことから、ユールは「家具の彫刻家」とも呼ばれています。
建築家であり家具デザイナーでもあったフィン・ユールは、椅子の概念を超越した椅子をデザインしましたが、当時、機械化が進んでいない手作業による木工技術での再現は非常に難しく、その製作を受ける工房は皆無。
しかし、腕利きの職人を抱えるニールス・ヴォッダーとの出逢いがその状況を変えることとなります。彼の存在があったからこそ、フィン・ユールの椅子は現実の物としてこの世に生まれ出たと言えるでしょう。
今回のイベントでは、ニールス・ヴォッター工房にて製作された大変貴重なフィン・ユール作品2点の特別展示がありました。
幅1200×奥行780×高さ840mm ※非売品
ニールス・ヴォッダー工房にフレームの状態で残っていた「No.45」2人掛けオリジナルフレーム。現行の「No.45」チェアに2人掛けのタイプは無く、幻の作品です。技術の発達と共に工業製品の製造は飛躍的な発展を遂げました。しかし、当時のものづくりは、切る、削る、曲げる、すべてが職人の手技のみ。傾斜角度や肌触りなど実際に削りながら目で確かめながら、微調整を加え最適なところを見つけ出します。削り跡や鋸の痕跡は職人の思考の足跡。フィン・ユールとニールス・ヴォッダーはこのフレームを前に何を語ったのでしょうか。
幅665×奥行730×高さ880×座面高×420mm ※非売品
先にご紹介した「No.45 2人掛けオリジナルフレーム」と同様に、ニールス・ヴォッダー工房にて製作された「No.45」チェア。誕生から70年以上経過する今なお深みのある美しいローズウッドは艶めき、輝きを放っています。
ここからは、今回のイベントにて展示されたフィン・ユールの椅子5脚をデザイン年順にご紹介いたします。
まるでペリカンが羽を広げて水辺を歩いているような風貌のチェア。今では「家具の彫刻家」と言われるフィン・ユールですが、当時の家具業界では異端児であり、彼のデザインには賛否両論があったようです。しかし、家具への既成概念を持たないフィン・ユールだったからこそ、自らが楽しいと思うデザインを描き、形にできたのではないでしょうか。
このペリカンチェアの丸みを帯びた背もたれは、見ても良し、座っても良し。斜めに座ることでサイドの"羽"が背もたれの役割を果たし、非常にリラックスした体勢を取ることができます。
この椅子にはウイスキーグラスを置くことができる折り畳み式の小さなサイドテーブルが付いています。テーブルは真鍮製。使い込むほどに深みが増し、椅子と同様に使う人の愛着がしみ込んでゆきます。
ウイスキーを傾けながらアートを鑑賞する為の贅沢な椅子。慌ただしい現代を生きていると忘れがちなことですが、ユールはデザイナーである前に、本当の豊かな暮らしとは何かを知っていたのではないでしょうか。当時はデザインが派手過ぎるという批判から商品化されることのなかったこの椅子が現代に蘇りました。
フィン・ユールのアメリカデビューを飾ったソファ。1949年、ユールと親交のあったエドガー・カウフマンJRが、アメリカのインテリア雑誌にフィン・ユールに関する記事を書きました。その記事がベーカーファニチャーの目に留まり、このソファを含む家具のデザイン契約が結ばれることとなります。
背もたれが2つに分かれる特徴的なデザインは、ユールが得意とする曲線の美しさを見事に表現しています。様々な座り方を可能とし、くつろぎ方に応じて座る位置を変える事ができる優秀なソファ。北欧椅子らしく身体をしっかりと支えてくれます。
後ろ向きに座っても、快適に本を読むことができる。というフィン・ユールならではのコンセプトから生まれた椅子。フィン・ユールにとって椅子は、座り方は自由であり且つどんな体勢でも快適に使えるということが重要でした。肘を置くための笠木がこの椅子に個性を与え、まっすぐに伸びる4本の脚がスッキリとした印象を与えてくれます。フィン・ユールの椅子の中でも比較的手に入れやすい価格と、フィン・ユールらしい個性的なデザインは初めてのフィン・ユールにおすすめの一脚です。
「家具の彫刻家」と言われるフィン・ユールが1953年にデザインした代表作のひとつ。流れるような曲線で構成されたデザインの美しさは言うまでもありませんが、デンマーク人とは体型にかなりの差がある日本人にとって椅子のサイズ感はとても重要です。大きすぎても小さすぎても心地のよいものではありません。
背中、腰、肘、すべての部位が支えられることで、こんなに楽に座ることができるのかということを体感できる一脚。計算しつくされた美しいフォルムと実用性の共存を叶えた名作椅子です。
フィン・ユールの作品がこれだけ一堂に会することもまずないこと。椅子それぞれに込められた思いがあり、それをひも解くことは私たちのロマンです。
フィン・ユールの作品は、ニューヨーク近代美術館など著名な美術館の永久展示品として収蔵されており、他の家具デザイナーたちとは違う"華(はな)"のあるデザインとして、今なお世界中で愛されています。